オイルショックから生まれた「サンシャイン計画」

日本における本格的な再エネの取り組みが始まったのは、1974年。きっかけとなったのは、改組しながら2000年まで国家プロジェクトとして進められることとなる「サンシャイン(SS)計画」でした。

この一大プロジェクトが進められた背景には、前年の1973年に起きた、第一次オイルショックがありました。エネルギーを中東の石油に依存していた日本では大きな混乱が起き、安定的なエネルギーが求められるようになったのです

そこで、石油だけに頼らないエネルギーの長期的な安定供給の確保を目指す「サンシャイン計画」が、当時の通商産業省(現・経済産業省)主導のもと、産官学の力を結集して進められました。枯渇しないクリーンなエネルギーの活用技術を開発するという目標を掲げたもので、主な対象となったのは、太陽光発電、地熱発電、水素エネルギー、石炭の液化・ガス化です。また、風力発電やバイオマスエネルギーの研究なども、「総合研究」として進められました。

1980年には、サンシャイン計画の推進機関となる「新エネルギー総合開発機構」、現在の「新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」が設立されます。さらに同年10月には、「石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律」、いわゆる「代エネ法」が施行され、再エネ研究の基盤がつくられました。

日本における太陽光発電の技術開発のはじまり

太陽光発電において昔も今も重要となる課題は、低コスト化と高性能化です。

サンシャイン計画が始まった1970年代の太陽電池製造コストは、1Wあたり数万円という高いものでした。そこでサンシャイン計画では、100分の1以下の価格、1Wあたり100円まで低下させることを目標に据えました。

この計画を契機に、日本国内で、太陽光発電の技術開発がスタートします。当時の主要な素材であった結晶シリコンはもちろん、大幅なコストダウンが可能となるアモルファスシリコン太陽電池など、さまざまな種類の太陽電池に関する原材料や構造、量産技術などの研究が進められました。

利用促進のための施策も実施されました。1980年創設の「ソーラーシステム普及促進融資制度」はそのひとつで、個人が住宅にソーラーシステムを設置する際、設置資金の融資が低利で受けられる支援制度です。この制度は1996年度まで続き、融資件数は累計で27万4000件になるなど、太陽光発電の一般家庭への普及を促しました。

地熱発電・風力発電などの技術開発のはじまり

サンシャイン計画のもと、ほかの再エネについても研究が進められました。

地熱発電については、1980年から全国の72地域で資源調査が実施されました。その結果、秋田県上の岱、福島県柳津西山、鹿児島県大霧、鹿児島県山川、東京都八丈島に発電事業が行われることとなりました。1996年には、地熱発電設備50万kWを達成しました。

風力発電については、1981年に国内初の100kWという大型風車の開発が始まり、1982年から実証実験がスタート。また1991年には、国内で初めてのウインドファームの実証実験が青森県竜飛岬で行われました。

一方、ヨーロッパなどに比べると日本は地形などの問題から風力発電に適さないのではないかという議論もあり、MW級の次期大型機の開発を目指して、まずは日本の風の状況を把握しようと風況調査を実施。1994年に「風況マップ」を作成しました。

さらに、風力発電開始当初は、台風や落雷で風車が破損するケースもあったため、2005年から2008年にかけて、NEDOにより「日本型風車発電ガイドライン」が策定され、日本特有の自然条件に適合する風車のあり方が定められました。

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